
「見てごらん、美しい夕陽だこと。こんな美しい空を見たことないわ」そのおばあさんは病院のベッドの上で、のび上がるようにしながらこう言った。
同じ部屋の患者たちは彼女がこう言うのをよく聞いていた。おばあさんがいつも熱心な口調で言うので、その言葉は新しい言葉のように聞こえ、それを言う彼女の顔は喜びに輝いていた。
しばらくして、夕陽が水平線のかなたに沈み、空には赤い色だけが残ると、彼女は静かに言った。「夕焼けは希望を意味するのよ」
この言葉はいつもほかの患者を考え込ませた。この人に何の望みがあるのだろう?退院のできる見込みはまずない。もう夢も持てないはずなのに...?
それでも彼女は希望を持っていた。希望の中に喜びもあった。家族に希望を託していたのである。息子や娘や孫たちが見舞いに来ると、みんなのしていることを尋ねた。みんなの成功と幸福を望んでいるのがよくわかった。
彼女には信仰があったので、自分のことにも希望を持っていた。この世での命が終わりに近いことを知り、それを気がるに話した。その言葉に悲しさの陰はなかった。むしろ希望を持っていたのである。
彼女にとって夕陽が美しく見えたのには特別な理由があった。彼女は自分の人生が日没に近づいていて、それを美しいものとして見ていたのである。日没がすぎれば、やがて朝日が昇る。つまり新しい命の始まり、活気と楽しさのある青春にかえるのだと思っていた。そこに彼女の希望があったのである。
彼女が亡くなった時、みんなとても寂しく思った。しかし彼女の想い出に慰められた。殊に、夕方陽が沈んでから、彼女の静かな声が聞こえるような気がした。
「夕焼けは希望を意味するのよ」