なくてはならぬ人に

Smile of the Sun - 太陽のほほえみイメージ

 則子は大阪で3年間小学校の先生をしていたが、家庭の事情で生まれ故郷の四国に帰ることになった。

 彼女は生徒たちにとても慕われていた。子供達は何か先生の思い出になるものが欲しいと思い、サイン帳に子供達への励ましの言葉を残してくれるように頼んだ。

 則子の最後の授業の日、生徒たちは、サイン帳をもって釆た。則子はどのサイン帳にも『なくてはならぬ人になりなさい』と記した。

 それから5年、今の則子には、もう大阪は何か遠い所のように思えた。教え子たちのことも折にふれて思い出すぐらい、もうあの子供たちは中学から高校へ行くころだと思っても、現在の則子は何をしてやることもできないのだと考えた。そして、自分が書き残したサイン帳の言葉も忘れてしまっていた。

 そんな彼女のもとに、1通の手紙が大阪から送られてきたのである。5年前のあの懐かしい教室がありありと思い出された。その手紙は教え子からではなく、大阪の学校の先生からであった。

 その手紙には、「私はこの5年間、良い教師になろうと一生懸命努力してきました。私はいつも先生のようになりたい、そして先生の精神をこの学校の中に生かしたいと願っています」という書き出しで、
 「特にこの頃になって私の心を打ち、私の生きる指針となることばは、生徒のサイン帳に書かれていた『なくてはならない人になりなさい』なのです」と結んであった。

 則子の胸には喜びがあふれた。生徒に贈ったことばが、先生にも深い感銘を与えたのだ。則子は、現在四国で医師の秘書として献身的に働いているが、彼女の精神は、遠く大阪で今も生きているのである。