
玄関のドアのあく音が聞こえたので、幸子はアイロンかけをやめて出てみた。玄関には、幼稚園児ぐらいの女の子が、草花を手に持って立っていた。
「このお花あげましょうか」と少女は小さい声で言った。幸子が花に触れながら「ええ、ありがとう。しおれないようにすぐお水に入れましょう」と言うと少女はびっくりした様子だった。
喜びに目を輝かせながら少女は言った。「私の花をもらってくださってとっても嬉しい。ほかの人はだれももらってくれなかったの」少女はにこにこしながら駆けて行った。
次に少女がやって来た時には、花を持っていなかった。お母さんの作っているバラがもうすぐ咲くから、咲いたら一つ持って来ると言いに来たのである。幸子は「この間のお花きれいだったわ。ありがとう」と言うと、少女は嬉しそうに微笑んだ。それから走って帰って行った。
幸子は、この少女の差し出す草花を受け取らなかった人々のことを考えた。その人たちが少女の嬉しそうな表情をみなかったことや、また少女と一緒に喜ぶチャンスを逃したことを気の毒に思った。
次の週、幸子は小さい友だちがバラの花を持って来るのを待った。彼女にも渡すものがあった。きれいな赤いドレスを着た小さな人形である。
また少女の顔は輝き、幸子は暖かいものが体の中をかけ抜けるのを感じた。少女は、楽しそうに駆けて行った。幸子は、小さい花甁に水を入れて花をさした。