誰も完全ではない

Smile of the Sun - 太陽のほほえみイメージ

 私は東京のある事務所にいた。私の前に腰かけていたのは日本でも有名な人の一人で、政治家でも実業家でもないが、彼の数十年にわたる功績はすばらしいものであった。人を集めることがうまく、国を改善するため、有力者の間の中に立ってその協力をすすめる能力も高く評価されていた。

 私は彼に、社会改善のためどうすればよいのか尋ねてみた。すると、彼は何の飾り気もなく〝私のような人間をなくすことです〞と答えたのである。この言葉に同席していた人々は笑った。しかし私は心の中で〝もし彼のような人を追い払ってしまえば、誰が人々を導くのか〞と思ったのである。

 謙虚な彼の言葉は、真剣味があった。自分自身の欠点をよく知っているがゆえに、その欠点が社会のマイナス面につながっていると考えているようであった。皆、よい人たちであり、よい人だけがこうした意見をのべる謙虚さをもっているのかもしれない。それは、よい人と言ってもみな不完全な人たちであり、不完全でありながら社会のために何か役立とうと努力するのである。

 いいかえれば、この世の中は不完全な人の力によって動かされている。完全な人はいないけれども、その人々が多くのよいことを行なっているのを知って勇気づけられるはずである。

 人は、日々の生活の中でそれぞれ欠点を直すよう努力すべきである。といって完全な人間になるまで社会のため働くのを待つ必要はない。自分自身の向上を目指すとともに社会の進歩のために、積極的に働きかけること、それが私たちの日々の使命ではないだろうか。