2017年12月28日の心の糧

誕生の喜び

植村 高雄

今日の心の糧イメージ 薔薇の若木を育て、初めての美しい花が咲いた時の喜び、可愛い小さな動物達の赤ちゃん誕生の感動、まして可愛い人間の赤ちゃん誕生の喜びは言葉になりません。

私が生まれた時も両親や兄弟の話から、その喜びは大きかったようです。しかし少年期、青年期を経て数十年も社会で生き抜いてきますと、皆に喜びをもって迎えられて誕生した私も、段々と苦悩と困難という現実を受け入れざるをえなくなり、この世は苦悩の連続だ、と思う時期も体験していきます。親友や大先輩の支えを得ながら生きていますが、独立した1人の人間として堂々と理想の道を歩き出すと、生き甲斐は感じますが、その道は厳しく孤独感や哀しさをひしひしと感じます。

「人は考えた通りの人間になる」と昔から言われていますので、自分の夢を実現しようと努力するほど「苦悩のるつぼ」に突入します。そんな時、何故か自分が信じていた神様を思い出します。

私が信じている神様は「愛そのもの、宇宙の創造主、全知全能の神、祈れば聖霊をすぐ私にお送りくださる神、挫折で苦しみ、罪の意識にさいなまれましても、それを許して下さる神様」でした。

若い頃、比較宗教と比較文化論に基づいた心理療法の勉強をしている頃は、抽象的な世界に浮遊していましたが、厳しい現実の社会で仕事を始めましたら、次から次へ襲いかかる数々の困難と苦悩、そんな私を明るく元気に爽やかにして、生き抜く力を与えて下さった方が私の信じる神・キリスト様でした。

キリストと呼ばれる方の誕生の喜びは私の人生になくてはならぬ方です。人の身体は神の神殿といわれ、すべての人に聖霊は住んでおられます。厳しい現実がありましても、その方を信じると平安感が見えてきます。

2017年12月27日の心の糧

誕生の喜び

新井 紀子

今日の心の糧イメージ 私たち夫婦は3人の子供に恵まれました。

最初の子供が生まれたとき、嬉しさとともに不安もありました。果たして私たちに子育てができるのだろうか。

ところが、子供が生まれると、夫は「この子は指が長いぞ。指が長いということは、音楽家にぴったりだ。弦楽器の弦という名前にしよう」と大喜びです。

私は出産のときの傷が化膿し、痛みで立っていられないほどでした。歩くこともできず、安静の日々です。その傷が治るまで1か月、生まれた子供とともに病院で過ごさなければなりませんでした。子供が授かったというのに、自分の傷の痛みで誕生の喜びどころではないのです。ようやく傷が回復し、子供と一緒に自宅に戻った時、初めてわが子が誕生した喜びに浸れました。

〈母親はまず健康でなくてはいけないのだなあ〉としみじみ思いました。

母子ともに退院したということで、旅行したことのない姑も新潟からお祝いに駆けつけてくれました。助産師の姑は、夫に赤ちゃんのお風呂の使わせ方を伝授しました。1歳の誕生日が来るまで、夫は毎日お風呂に入れてくれたのです。

その時生まれた長男は、今は結婚して2人の子供の父親になっています。

2人目の子供は女の子でした。彼女は、現在ニュージーランドで暮らしています。

3人目に女の子を授かったとき、家族全員で喜びました。3人の子育ては寝る時間もなく大変でした。私は風邪をひくとなかなか治りません。いつも疲れていて、もっと丈夫な体になりたいと思ったものです。

誕生した命が喜びに輝くのは、どういう時なのでしょうか。まずは両親が健康であること。そして周囲からの祝福があること。2つそろったとき、誕生した命は喜び輝くのだと思います。


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