修道院の庭には、立派な大木が何本かあります。少々の雨なら雨宿りができるほど大きく枝を広げ、葉を茂らせています。木の根元に目をやると、土が盛り上がり、枝ほどもあ...
修道院の庭には、立派な大木が何本かあります。少々の雨なら雨宿りができるほど大きく枝を広げ、葉を茂らせています。木の根元に目をやると、土が盛り上がり、枝ほどもあ...
私たちの修道会は聖母マリア様の名前を戴いています。そして、「私は主の仕え女です。お言葉どおり、この身になりますように」というマリア様の言葉を自分たちのものとし...
「多様性の一致」とは、教会でしばしば掲げられるモットーです。美しく、理想的な響きを持っている言葉ですが、実際に生きることは決して容易なことではないと、私は身を...
「試される」という言葉には、どこか胸の奥をひやりとさせるものがあります。誰かに値踏みされているようで、信頼されていないような寂しさが残るからです。 まして、...
最近、さまざまな機関が創立から何十周年を迎えるという知らせを耳にすることがありました。その歩みを紡いできた人々にとって、それは大きな節目であり、喜びの時でしょ...
道とは、何か目的に向かって歩むものだと漠然と考えてきました。けれど、今、道はここにすでにあるものだと気づかされます。道は祈りのように、人々の想いや人生を運び、...
3月25日は「神のお告げ」というカトリック教会の祭日です。 「受胎告知」とも言われ、おとめマリアのもとに大天使が現れ、マリアが神の子イエス・キリストをその胎...
特別支援学校で教員として働いていた時、子どもたちとの関わりからたくさんの気づきをもらいました。 子どもたちは、愛されることに対してとても敏感です。しかし、い...
聖書に「明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。」(マタイ6・34)という み言葉があります。この み言葉を味わう度に、ここ数年、無意識のう...
これまでの人生で、たくさんの出会いと別れを経験してきました。その中でも一番心に残り、いつかどこかでもう一度会いたいと思う人がいます。「尋ね人」の依頼をして探し...