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旅立ち

シスター 山本 久美子

今日の心の糧イメージ

 30年以上前の春、生まれ育った家を離れ、修道生活・シスターへの道を歩み始めました。私自身が選んだ道とは言え、その時のことを思い起こす度に胸が一杯になり、今でもいろいろな感情が入り混じった気持ちがよみがえります。

 両親は、ずっと私の選択を悲しんで猛反対していました。それでも、旅立ちの朝、母は早くからお弁当を作って持たせてくれ、電車のホームまで見送ってくれました。電車に乗れば、2時間あまりで帰って来られる場所でした。その後も度々帰省し、両親を訪ねていましたが、物理的な距離などは問題ではなく、両親にとっては、ヒナの「巣立ち」のような心境だったのだと思います。

 そして、親元を離れて初めて過ごす夜、親しい人もなく、まだ片付けが終わらない自分の小さな新しい部屋で、一人で母の作ってくれたおにぎりを食べました。私の育った町は海の近くで、春にはよく潮干狩りに行ったものです。それで、そのおにぎりは、数日前に採って来た貝の炊き込みごはんで作ったものでした。不思議なことに、その夜の淋しさや切なさ、希望とよろこび、そして、母には申し訳ないような複雑な感情とともに、そのおにぎりの味が思い出されます。ふり返ると、あの時以来、あの貝の入ったおにぎりを口にしたことはありません。なつかしくいつかもう一度食べてみたいものの一つです。

 自分で望んだ道でもあり、今も後悔は全くありません。しかし、それまで「当たり前」だったことがそうではなくなった時、何とも言えない気持ちになるものです。今年も春を迎えて思い出すと、厳しくて不自由に感じてきた親元でしたが、「当たり前」の愛情とふるさとがあったことを感謝のうちに味わっている私です。