私が高校一年生の初秋、五島の福江大火で家が全焼した。それまでの自分の思い出の品物が灰になった。「神さまは本当にいるんじゃろか」と疑った。毎朝5時半の御ミサに欠...
私が高校一年生の初秋、五島の福江大火で家が全焼した。それまでの自分の思い出の品物が灰になった。「神さまは本当にいるんじゃろか」と疑った。毎朝5時半の御ミサに欠...
私の母はいつも真白の割ぽう着を身につけていた。母の後ろ姿といえば、割ぽう着のひもの結び目が思い出される。 朝から晩遅くまで忙しく働いていて、母がくつろいでいる...
私は本が大好きで、18歳で働くようになってからは、給料をいただくと大方、本代に消えた。18歳まで五島で育ったので、その間、神父さま、教え方さま、父母、まわりの...
五島列島に住んでいた今は亡き母は子どもに好かれる人であった。 我子五人、孫四人を育て、人の子を預かってはよく世話をしていた。 どの子も母になつくので「チノさん...
私は人と会いあいさつをする時、立ち止まるように心がけている。 ほんの何秒間か立ち止まり、にこにことあいさつしている。 ほとんどの人がそんな私に対し、歩調をゆる...
私の母は我流で和裁をマスターし、私たち子どもが物心ついた時には、よそ様の着物を縫って家計の足しにしていた。 母は、いのしし年生まれで、そのことをいい事として受...
60歳頃までは、誕生日とかお正月に、心を改めるというふうで、毎日毎日は忙しく、心について深く考えることなく過ごしてきた。 しかし、60歳頃、同じ年頃の友人知人...
先日、鹿児島で幼なじみのシスターと食事中に、仕事魂というべき話をきかされた。 「仕事と私」というテーマで何を書こうかと考えていたら、こちらが何もいわないのに、...
今、私の手もとに7種類のロザリオがある。 従姉のシスターが聖地巡礼に行った時のおみやげ、長崎の叔母がやはり聖地巡礼に行った時のおみやげ・・・、これまでおみやげ...