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それでも感謝

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ

 私が高校一年生の初秋、五島の福江大火で家が全焼した。それまでの自分の思い出の品物が灰になった。「神さまは本当にいるんじゃろか」と疑った。毎朝5時半の御ミサに欠かさず与っていたのに・・・と思ったのである。

 その時、父母は「よかった、よかった。みんな無事で。死人もけが人も出ちょらんち、さっき、消防署の人にきいたとよ」と笑顔さえ浮かべて、私たち子どもにいった。

 「よかことはなかじゃん、おっが集めちょったコケシ人形も、グリコのおまけもみんな焼けてしもうたとじゃもん」と口をとがらせて抗議の口調でいうと「なんの、なんの、物はさ、焼けたりいつかはのうなるとよ。そん代わり、物はまた買えるけんね。命は買われけんね」と、おだやかに諭すように父母はいった。

 そのあと、父母は続けて、「神さまに感謝せんばよ。大難ば小難にしてもろうたとじゃけんね、本当なら、こげんな大火事じゃけん死人やけが人が出てもおかしなかとよ。それがさ、火が鎮まってみれば、みんな無事。それこそ、神さまのお恵みたいね」といった。

 16歳の時にきいたこのことばが、その後50年間も私を支えてくれたのである。

 何があっても、どこかに希望をみつけ、「大難を小難にしていただいた」と思うのである。東日本大震災の時にも、このような感じのことばをきいた。まず自分や家族の命が助かったことへの感謝、家族が亡くなったが遺体がみつかったことへの感謝、みつからない人は「いつまでも元気だった頃の姿を思い出にします」と嘆き悲しむこともなく耐えて、そして希望を見出し感謝の言葉をのべるのだ った。

 そうだ、人間の心は強いのだ、いつだってどこかに希望をもって、その希望に感謝する心の余裕があるのだとつくづく教えられた。

 それでも感謝することは尊いと思う。