お隣の韓国から、たくさんのカトリック信者が長崎に巡礼に来ています。この巡礼者たちが単なる観光旅行ではなく、ほんとうの巡礼をすることができるよう世話をするために、...
お隣の韓国から、たくさんのカトリック信者が長崎に巡礼に来ています。この巡礼者たちが単なる観光旅行ではなく、ほんとうの巡礼をすることができるよう世話をするために、...
毎年、高校を巣立っていく卒業生達に、私は大好きな聖書の言葉--「あなたは地の塩、世の光 です」(マタイ5・13~14)--を贈ります。そして、卒業式当日、この言...
私の信じる神は、全世界の造り主であるにもかかわらず、人となられ、限界や苦難を味わわれた方です。命の造り主、命そのものである方だというのに、死を味わわれ、喜びその...
現代世界を表現するとしたら、どんな言葉が相応しいでしょうか。私は、「混沌」が適当なのではないかと思います。毎日世界の何処かで、災害があったり、テロがあったり、そ...
新しいいのちという言葉を与えられて、まっ先に思い浮かぶのが、イタリアの生んだ聖女リタの姿である。彼女は結婚し、子どもにも恵まれたが、夫が死去し、その後、意を決し...
私は今、私達の罪を肩代わりして十字架に釘付けされたイエスと、その足元で我が子の言語に絶する苦しみを共にされた、聖母マリアの苦しみを扱った曲に、取り組んでいます。...
カトリック教会では、洗礼を受けると、それまでに犯した罪がすべて神に許され、新たな命を受けると信じます。自己中心で、人を傷つけても気に留めない「古い自分」は死に、...
山で暮らしているとーーそれも谷川沿いの崖の斜面ですからーー自然の移ろいには、都市部で暮らしていた頃より先まわりしている感あり、です。冬の寒さは「寒冷地獄よ、いや...
キリスト教徒にとって、「新しいいのち」という言葉を聞けば誰でも、イエスがニコデモというユダヤ人の議員におっしゃった、「人は、新たに生まれなければ、神の国を見るこ...
私たちがまだ幼かった頃。例えば、初めて補助輪を外して自転車に乗ってみた時。転んでけがをするかもしれない、ということなどあまり考えもしないで、がむしゃらに何にでも...
木や草も芽吹く春となりました。我が家の小さな庭にも水仙などと共に雑草も生えてきました。敷石の間に生えた雑草を抜きながら、去年の秋にそこでけなげに咲いた野百合の花...
人生には幾度か、将来の方向を決定づける出逢いがあります。私が詩人を志す道を真剣に考え始めた青年の頃、カトリック哲学者の小野寺功先生と知り合い、時折喫茶店で語らう...
私は、20歳の時、洗礼を受け、キリストの新しいいのちに生きる者にされましたが、ともすれば、慌ただしい日常生活に流され、殺伐とした世の価値観に振り回されがちな弱い...
赤ちゃんは、人間であれ、熊、鹿、リス、さらには森に芽生えだした小さなクスノキの芽など実に可愛らしい。どんな赤ちゃんでも可愛い理由として「可愛さは生存の武器」とい...
マタイもマルコもルカも福音書に書いているキリストの教えに、「種を蒔く人」のたとえ話があります。「種を蒔く人が種を蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に...
私たち夫婦が北海道へ移住し、羊を飼うようになって6年の歳月が経ちました。羊は私たちのために、お乳や肉、その毛から作る衣類や毛布まで衣・食・住すべてを提供してくれ...