しかし、希望があります。何故なら、神様の創造の業は、そこを起点としているからです。聖書の創世記に次のように書かれています。「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」。(1章2節)その後、光が創造されます。新約聖書のヨハネ福音書では、光は被造物ではなく、初めから神と共におられたイエス様の事を表しています。イエス様は、暗闇の中で輝く光です。
ところで、前教皇ベネディクト16世は、2012年の復活徹夜祭の時、「復活祭は新しい創造を祝う祭日です」と仰いました。新しい創造については、パウロも語っています。「キリストと結ばれる人は誰でも、新しく創造された者」(2コリント5・17)であり、「大切なのは、新しく創造されること」(ガラテヤ6・15)であると言います。
つまり、世の光であるイエス様に繋がっていることによって、私たちは新たにされます。創造は神様がなさる業で、無からの創造ですから、私達が新たな者に変えられるのは、私たちの側の功徳の故ではなく、神様の側からの恩恵の業として成されることです。
混沌とした状況に陥っても、復活して光として、いつも共にいて下さるイエス様に感謝したいと思います。