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心おだやかに

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 思えば昔のことになるが、結婚して間もない頃、義母から、あなたは穏やかでよい性格だ、と褒められたことがあった。そして義母は、あなたが実家のお母様に似ていなくて、本当に助かった、と続けて言ったのである。確かに、私の実母はなかなか大変な人で、周囲の人々を疲弊させることもあったから、そう言われるのも無理もないことではあった。

 義母の言葉は、目の前にいる人を褒めることで、間接的に他の誰かを「穏やかに」批判するものであり、世慣れた大人は、こんな言い方をするのである。

 こういう場合の「穏やか」とは、何事にも波風を立てない、快い静けさのことであり、ごく表面的なものにすぎない。水面下では、押さえ込まれた感情が渦巻いており、本人も相手も決して安らかな気持ちではない。

 せっかく、穏やかな人と言われたのだから、できれば、本物の「心穏やかな」人になりたいものだと、その時思ったことを覚えている。だがこれが実に難しいことなのだ。

 心穏やかな境地に達するには、まず与えられた人生を受容しなければならない。もっと高い能力で生まれたかったとか、理解ある両親が欲しかった、などと考えているうちは駄目なのである。そして生きて来た意味を見出し、納得していなければいけないのである。その上で初めて、自分にふさわしい幸福を知り、心穏やかになるらしい。

 心の穏やかさは、生きる苦労や深い内省の道のりを経て、たどり着ける楽園のような場所に思われる。そこに着くには地図もない。一人ひとりの人生が違うように、進むべき道も違うからだ。時間をかけてたどって行けばいいのだと思う。そして近づいて行ければよい。それだけでも価値がある、と今では思っている。