私の母はいつも真白の割ぽう着を身につけていた。母の後ろ姿といえば、割ぽう着のひもの結び目が思い出される。 朝から晩遅くまで忙しく働いていて、母がくつろいでいる姿...
私の母はいつも真白の割ぽう着を身につけていた。母の後ろ姿といえば、割ぽう着のひもの結び目が思い出される。 朝から晩遅くまで忙しく働いていて、母がくつろいでいる姿...
わたしの母は、明治43年、長崎は浦上のカトリックの家庭で長女として生まれ、それなりの責任を負わされて育ったようです。学校には妹たちをおんぶして行っていたし、上級...
最も強く印象に残っている母の後ろ姿の1つは、本を読む姿です。母は、私が白杖を使って1人で歩けるようになるまで、盲学校までの通学に付き添ってくれました。電車とバス...
50年以上経った今も、忘れられない母の後姿、それは、私が修道院に入って数ヶ月後、初めての面会が応接間で許された後、1人で門を出て帰っていった時の母の後姿です。3...
赤ちゃんを身籠っていた妻に「羊水検査を受ける?」と聞かれた時、私は「その必要は無い」と即答しました。独身の頃に観た映画の中で、来日したマザー・テレサが「中絶をす...
小学校5年生のときでしたか。日曜学校でのはじめてのクリスマス会。まだ通いはじめてまもないわたしの役は、羊飼いでした。「あたまに被るフロシキと、それをくくりつける...
私の人生の途上で出会った宝物の人物のひとりに地球科学者の猿橋勝子先生がいる。猿橋先生は女性科学者を育てる「猿橋賞」を創設され、世界の10人の優れた女性科学者にも...
愛する聖母マリアについて語るとき、常に思い出すのはリジューの聖テレーズが「マリアに捧げた詩」の中で詠っている言葉です。「聖母は私たちと同じように、信仰の旅路、信...
最近、私は自分の役割を再確認する頻度が多くなりました。特に自分の役割を惑いながらも確認しつつ生き抜いたマリア様に祈る事が多いようです。と云いますのは、マリア様は...
ひっそり、気高く咲く花・・これが私の想像するマリア様のお姿です。天使ガブリエルの告げた受胎告知の驚くべき内容や、それを受けてのマグニフィカトという、マリアの神を...
子どものとき、母のいない末っ子のわたしは、人の温かな愛情や優しさを経験したことがありませんでした。そのわたしが今はカトリックの神父として生きていられるのは、むろ...
アガサ・クリスティーが「ベツレヘムの星」という短編集のなかで「島」という話を書いています。十字架上のキリストに言われた通り、ヨハネの面倒を見て老いていくマリア様...
本校のクリスマス劇の中で、聖母マリアは大切な役です。天使ガブリエルによる受胎告知の場面でも、また最終幕で羊飼いや学者たちの訪問を受ける場面でも、ブルーのベールを...
姉から手紙が届きました。〈珍しいわね〉それまで姉からの連絡はほとんどメールだったからです。開封すると、甥のM君が34歳で急死したという知らせでした。M君は重い自...
マリア様の御像や御絵を見ると、何かほっとした安心感をもちます。私たちのお母さんであるマリア様から見守られ愛されていることを感じるからです。私は洗礼を受ける前から...
天使のお告げを受けて、救い主イエスの母となることを受諾されたマリアは、すでに身重になっていた親族エリザベトを訪問しました。天使のお告げ通り、エリザベトが懐妊して...