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マリア様の役割

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

私の人生の途上で出会った宝物の人物のひとりに地球科学者の猿橋勝子先生がいる。猿橋先生は女性科学者を育てる「猿橋賞」を創設され、世界の10人の優れた女性科学者にも選ばれた。幸運にも私は先生の晩年、20年近く毎週のように研究室を訪れた。

猿橋先生はキリスト信者ではない。けれども、先生は真理を探求する途上で出会ったサン・ピエトロ大聖堂にある『ピエタ』を見て、いたく感動したという。この彫刻は、マリア様が十字架上で死んだイエスの亡がらを抱いているものだ。先生は常に「科学者は被爆した人々に対して、自分の両親であり、兄弟だという思いをもたなければ本物ではない」と言い続けた。猿橋先生は十字架から降ろされたイエスに被爆者を重ねていたのだ。先生はご自分ではまったく意識したことはなかったかもしれないが、マリア様の役割と同じように、被爆した人々を抱いて放射能の研究をされていたように思う。

先生はサン・ピエトロ大聖堂にあるミケランジェロ、20代の作品である『ピエタ』を見て感銘を受け、その後、イタリアにミケランジェロの残り3つの未完の『ピエタ』を見に行った。先生の研究室には、最初に見た『ピエタ』のご像が本棚に飾ってあり、壁にはミケランジェロが最晩年に製作した『ロンダニーニのピエタ』のポスターが貼ってあった。いつも先生の視界には、この2つの『ピエタ』はあった。

猿橋先生は2011年3月11日の東日本大震災における福島原発の事故を知らないまま、2007年に亡くなられた。今こそ、私たちは、科学者、哲学者、神学者をはじめ、あらゆる分野の人々、そして市井の人々が、次の世代を担う青少年が希望を持てるような世界を造るために、大きなうねりとなるように心を合わせる時が到来したのだと思う。