2015年08月18日の心の糧


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マリア様の役割

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ 子どものとき、母のいない末っ子のわたしは、人の温かな愛情や優しさを経験したことがありませんでした。そのわたしが今はカトリックの神父として生きていられるのは、むろん教会やイエズス会という修道会のお陰ですが、そこに至るまでの孤独なわたしの信仰の道のりを支えてくださったのは聖母マリア様だと信じています。教会も洗礼も知らない子どものわたしは、ただカトリックの本を頼りにひたすら祈りに明け暮れていました。しかし、神さまからは何の返事もありませんでした。それでも祈り続けていたのは、やはり母性に飢え渇いていたからではないでしょうか。姉から貰った聖母子像の絵は、本当に綺麗で、いくら眺めていても飽きませんでした。そればかりか、時々何ともいえない甘美な感情が湧き上がるのを感じました。

何度も書いたことですが、小学生のとき、わたしはクラスのボスから時々いじめられました。そのため学校に行くのが嫌でした。それである日、聖母マリア様のご絵の前で、「聖母マリア様、学校に行くといじめられるので、学校には行きたくありません、どうか哀れなわたしを顧み、あなたの執り成しによって、神さまが助けてくださるようお祈りください。」と熱心にお祈りしました。すると不思議なことに少し元気が出てきたので、また学校に通いはじめました。そして、それ以来、今日まで一度もいじめられたことがありませんでした。

イエスさまの母であるマリア様の役割というのは、すべての人の母になることでした。母は無条件にわが子を愛します。ですから、わたしたちは、マリア様を自分の母として心から愛し、すべての悩み、苦しみ、喜び、望みなどをマリア様に打ち明けられたらいかがでしょうか。