2018年10月31日の心の糧

まわり道をしても・・・

中井 俊已

今日の心の糧イメージ 山登りをするとき、山頂に至るルートはいくつもあります。

登る人によってペースも違います。難なく登って行ける人もいれば、息を整え休み休み登る人もいます。なかには路傍の石や木の根っこにつまずいたり、道に迷ったりすることも、天候が悪くなって岩陰で雨宿りしたりすることもあるでしょう。

けれども、どれだけ時間がかかっても、歩き続ければ山頂に辿り着けるものです。そして山頂から自分の歩んできた道を振り返るとずいぶん遠まわりの歩みだったと気づくでしょう。

人生はきっと登山のようなものです。

目的地である山頂には、永遠の幸福、天国が待っています。

山頂に至るルートはやはりいくつもあり、歩み方も人それぞれです。たとえば、殉教によって至った人もいますし、修道生活をまっとうして、また普通の生活の中で隣人愛を実践して達した人も大勢いるでしょう。

しかし、天国の住人の中で、自分がまっすぐに登りきったと思っている人はほとんどいないのではないでしょうか。

聖人と言われた人たちも、この世を旅する間は、道に迷い、つまずき、苦しみ、何度も倒れました。しかし、その度に悔い改め、許され、立ち上がり、最後まで神様と共に歩むことができたのです。

「ずいぶんまわり道だったのですね」と尋ねれば、「本当にそうでした」と微笑みながら答える人が多いでしょう。

いまこの世を旅する私たちもきっとそうです。天国という山を登る旅路は、どれだけまわり道をしても、神様といっしょなら大丈夫。

神様は最高の登山ガイドで、最高の友達です。共に歩むなら、苦しくとも楽しく有意義な時間が過ごせます。そして、必ずや目的地の天国に辿り着けるのです。

2018年10月30日の心の糧

まわり道をしても・・・

シスター山本 久美子

今日の心の糧イメージ 「まわり道」と考えた時、すぐに、自分のこれまでの日々は順風満帆だったと思えました。この反応は、自分にとっても意外でした。自分の内側では、それなりの葛藤や紆余曲折も多々ありましたが、それ以上に今までの人生に納得し、「まわり道」をも肯定して、受け入れている私がいることに気づきます。

中学生で、「シスターになりたい」という漠然とした夢を抱き、その夢に向かってひたすら歩んできました。10年後には修道会に入会し、その夢を実現させ、今も後悔はありません。途上では迷いや不安も一杯あります。しかし、神様の御前で決断した人生のこの大きな選択にブレや間違いがないと、私は確信しています。

入会後は、具体的な現実の中で、私はどのように神様と共に人々に奉仕していけるのかということが、常々識別の課題となっています。

1人の人間として、女性として、シスターとして、勉学の機会が与えられ、養成の機会をいただき、50代になった今も成長過程にあると心から感じています。私にとって、これから成熟期に向かう今の歩みが、「まわり道」なのかもしれません。

「まわり道」とは、人生の目標に向かう道が、ある道は直線で近道であるかもしれませんが、他の道は、長い遠回りのような道だということでしょう。道が違うだけで、無駄な時ではないと思います。目標に通じる道であれば、そこに神様からのそれぞれの招かれ方、導かれ方があるのだと信じています。

人生にまわり道があっても、異なった環境下でよりよい道を識別するため、山登りの途中で、地図を確かめ、深呼吸する時や景色を眺める時があるように、ゆっくりじっくり進むべき方向を見極める、そういう時なのだと、私は思います。


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