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わたしの故郷

新井 紀子

今日の心の糧イメージ

故郷とは生まれた土地のことをいいます。しかし、東京で生まれ、すぐに転居した私には何の記憶もありません。東京には故郷としての記憶がないのです。そこで、住み暮らした土地も故郷だと考えることにしました。すると、生まれてからこれまで10数回転居してきた私には、たくさんの故郷があると気が付きました。それらは食べ物の味とともに懐かしく思い出されます。

生まれてすぐに、父の転勤で横浜へ、そして関西へと引っ越しました。関西時代、父は私たち家族を奈良や京都へ連れて行ってくれました。しかし、幼かった私にはあまり記憶がありません。覚えているのは、社宅の最寄りの駅に帰ってきて家族全員で食べたタヌキうどんでした。出汁がおいしいうどんでした。食べ終わると私は叫んだものです。

「こんなおいしいうどん。食べたことがない」

結婚し関西に住むようになり、最初に暮らしたのは奈良でした。近くに夫の先輩がいて、私たちが訪ねると、コーヒー豆をひき、香り高いコーヒーを入れてくれました。

神戸のアパートで子育てを始めました。1階が豆腐屋さんで、揚げたての厚揚げが美味でした。夫の転勤で東京の社宅に暮らすようになりました。近くにパン屋さんがあり、シチューを作ると、焼きたてのフランスパンを買ってきて食べるのがちょっとした贅沢でした。両親の介護をするために横浜に移りました。近くの肉屋さんで売っているコロッケは私たち家族の大好物でした。

両親を天国へ送ると、私たち夫婦は私の幼いころからの夢を実現するために北海道に引っ越しました。現在ここで、羊を飼って暮らしています。

転居先での名所旧跡は覚えていません。しかし、おいしかった食べ物の記憶だけは鮮明です。