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わたしの故郷

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

私は東京で生まれ、東京で育った。だが、故郷は東京なのかと考えると、いくらかの違和感を感じてしまう。東京という都会には、故郷という暖かい言葉がどうも合わないような気がするのである。人々にとって、そこは帰るべき所というより、仕事をする場所だからなのかもしれない。私にとっても、東京は仕事場だと言った方がぴったりする。

私がイメージする故郷とは、豊かな自然に恵まれた土地であり、遠く離れた場所である。自分が充実した生活を楽しんでいる時も、失意に沈んでいる時も、思い浮かべれば、なつかしく、ほろ苦く、やがて胸が温かくなる。そこには愛する人々、すなわち家族や親族、子どもの時の友だちがいて、暖かく迎えてくれる。そしてつらかったことも、嬉しかったことも生き生きと甦ってくる。自分自身の歴史がそこにあるのだ。

故郷とは、自然の懐に帰る所、なつかしい人々の愛情に包まれる所、そして子どもの頃の記憶が眠っていて、思い出せば昔の自分に会える、そんな場所ではないかと思う。

人が生まれるということは、そう驚くようなことではない。国連データからの推計によれば、現在、地球上で1日に誕生する人の数は約20万人だそうだ。だが、その1人1人に、生まれた場所があり、そこが故郷という特別な場所になって、その人を勇気づけ、心を温め続けていくのは、驚くべきことに思われる。

愛され、育てられた記憶が、その土地を特別なものにする。不幸な記憶もまた、その土地を人の心に強く刻みつける。人生の物語に1篇として同じものはない。だが、それらは皆、故郷から第1章が始まっているのである。