2018年04月30日の心の糧

評価する

末盛 千枝子

今日の心の糧イメージ 評価する、ということを考えた時に、幾つかの忘れられない思い出があります。

それはどれも子供たちのことについてですが、その子なりに、とてもいいところがあると思うのに、それが学校の成績には全く反映されないということを経験しました。もっとも、小学校1年の時に長男が書いた詩を、先生が本当に気に入ってくださり、ある日の学級通信の全面を使って、それを紹介してくださったことがありました。あの先生は、いつもなかなかエンジンのかからない彼の良さを評価してくださったのだと思います。

でも、そんなことばかりではありませんでした。たくさんの難しいこともありました。いつも不思議なことだなあと思っていたのですが、ある時、放送作家の永六輔さんからこんな話を聞いたことがありました。あの方のお母さんは、息子が学校から通信簿をもらってきても、「これは学校の先生がお前を見ていることで、私とは、関係がないから」と言われて、ご覧にならなかったというのです。つまり、それは親として、自分の息子のいろんな面をみていて、それは学校の先生の評価とは違っていて当たり前だと思っておられたのではないでしょうか。それは、なかなかできないことだと思います。

でも、それはとても大事なことのような気がして、私は、本当に助けられました。子供を学校の点数だけで見てしまって親も一緒になって一喜一憂していたのでは、子供は立つ瀬がないと思います。自分の息子には、点数に表われない、こんな良い点があるのだと思い、それが人間としてとても大切なことだと信じ、育てていければいいのにと思います。そういう息子を通して、教えられたことはたくさんあります。

2018年04月28日の心の糧

子育ての実り

末盛 千枝子

今日の心の糧イメージ 久しぶりに、誕生と子育ての喜びということを思い返してみました。何しろ、私の息子たちは、もう2人とも40歳になりました。

あの子たちが生まれた時、特に長男が生まれた時にはすべてが希望に輝いていました。でも、やがて、彼にはまだほとんど現れていないけれど、難病があるということがわかりました。夫と私は、本当に嘆きました。それでも、彼は本当に機嫌の良い、笑顔の素晴らしい子供でした。そして、考えてみれば、私がいつも祈りながら暮らすようになったのは、そのことがあってからだと思います。祈りと言っても、これにはどのような意味があるのだろうかと考えながら暮らすようになったのです。

そして、2年後に、次男が生まれました。まるで予期しない誕生でしたが、神様が助けを与えてくださったのだと思いました。

そして、その時、神様には、なにかご計画がおありなのだと思ったのです。それは今も変わりませんが、難しいことや、悲しいこともたくさんありました。でも、今考えてみれば、大変だけれど、不幸なわけではないのです。

そう思えることは、なんと幸せなことでしょう。そのことを幸せと思えるように導いてきてくれたのは、あの子たちの誕生でした。誕生の喜びとは、生まれてきた子供が、自分たちの思い通りではなくても、それぞれを受け入れることを習う過程だと思えるのです。

そう、子どもは神様からの預かり物なのですから。そして、私たちは、その預かり物とどのように付き合い、生きていくのかという宿題を与えられているのだと思います。

今、長男とは別な困難を抱えている次男が、自分の信仰ときちんと向き合い、雄々しく生きているのを見るのは、本当に幸せなことです。


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