言葉の力

崔 友本枝

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 言葉がもつ力は大きい。小学校1年生の時、私は学校が楽しくてたまらず、帰ってくるとすぐにランドセルから教科書やノートを取り出し、時間割を見ながら次の日の授業の用意をした。たまたま父が家にいた日で、私の様子を見てほめてくれた。「ともえちゃんは偉いね、もう明日の準備をしているの?とてもいいね」と言ってくれたのだ。私は嬉しくてたまらず、毎日続けた。なんとそれは今も続いている。

 わずか一つの褒め言葉が一生涯私によい習慣を与えてくれた。また、父は、私が学校であったことや友人の話をすると「とても面白いからそれを書きなさい、そのまま書きなさい」としょっちゅう勧めた。机の上には原稿用紙をどっさり置き、いつでも書き出せるようにしてくれた。私は書くことが好きで、書くと自由な気持ちになれた。

 8歳の時、小さな手帳に詩を書きためていたことがある。表紙にはたどたどしい文字で「詩集」と書いてある。私は自分が書くものはとてもよいものだと信じていた。これは立派な詩集なのだと自負していた。これも父が幼い私を認めてくれたことが軸となっている。大人が子どものよい面を心の底から喜び、ほめる。その言葉は子供の人生に忘れられない大きな喜びを与え、その人を生涯育てていくのだと思う。

 神さまも天地万物を造られた時に言葉を発している。「光あれ」と言われると光ができた、と聖書にある。(創世記1・3)光はよいものだ。神の言葉によって造られたものはすべてよい。神さまが、人間にご自分と同じように言葉を与えたのは、人の心を喜びへと向かわせることに使うためだろう。それを忘れずに否定的な言葉を退け、大切に使いたい。

言葉の力

黒岩 英臣

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 しばらく前、一通の見慣れない郵便物が舞い込みました。何気なく開いてみたところ、何とそれは、どうせいつまで待っても届かないだろうと、ほとんど期待していなかった政府からの、「持続化給付金の振り込みのお知らせ」と書いてあるではありませんか。

 ホー、ホー、ホー、いつ申し込んだんだっけ。世の中のお父さんの中には、私のように、何をどういう風に、どこへ申し込むのか、そもそも役所という所の言葉は、自分にも使える日本語なのか、という基本的問題を抱えている人も多いのではないでしょうか。

 今回の事の発端は、私の息子にありました。この息子も私同様、音楽家で、私が毎年の税務をお願いしている会計事務所に、自分も税金のことで相談に乗ってもらっているのですが、そのやりとりの中で、先ほどお話した持続化給付金を申請してあげるということになったのだそうです。

 私も今年の秋まではコンサートが全部無くなってしまって、まさに収入はゼロになっていたので、息子から「お父さんも絶対貰えるはずだよ」と背中を押されたので、その旨を会計事務所に知らせたところ、何か然るべく書式を整えて申請してくれた結果がこれだったのです。因みにこれは、私には絶対しゃべれない魔法のような言葉に違いありません。

 そこで私は、事務所の方にお礼を書きました。「思いがけず給付金の申請が受理されて、私は、欣喜雀躍、狂喜乱舞しています」。

 これは確かに私の内心を表している言葉ですが、いささか品格が・・。

 やはり、私が困っているのをご覧になって主が助けて下さっている訳で、喜んでよいところは素直に喜ぶとして、私も小さい兄弟に手を伸べなければと、改めて思い直しております。


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