心を開く

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

 心の開き方で私が模範と思うのは、会社の先輩です。世界をまたにかけ、社内のあらゆる国の人たちに技術のトレーニングをしている方です。

 彼女は誰に対しても公平で、前向きで、相手をありのままに大きな懐で受け入れます。しかし八方美人なのではなく、言うべき時ははっきりと「ノー」をいいます。

 一方、自分の弱い部分も自然にさらけ出しています。息子さんの反抗期、ちょっと優柔不断なところ、たまにスケジュールを忘れること。いつもオープンな彼女は多くの人に愛され、頼られています。

 その彼女が私にいいました。

 「まず、人に話してみること。駄目なら別の人にあたってもいいし、別の機会を待ってもいい。自分一人で抱え込んでいても解決にはならないから」

 ただし、心を開くには自立が伴います。どんな素晴らしい人でも一人に頼りすぎると相手が重たくなり、いつか疲れてしまいます。「私はここまでやれるけど、そこから先が困る」といった頼み方が重要になります。彼女と付き合ううえでも、そうした自立心が求められます。でも実は、それは頼る側の尊厳を認めることになります。べったり頼るのでなく、自分に責任をもったうえで心を開くことが大切なのでしょう。

 神様との関係においては、すべてをお任せするしかない場合もあるため、そうもいかないことが多くあります。でも、たった一つでも自分にできることを見つける姿勢を忘れなければ、神様は見逃さずにそれを突破口にしてくださいます。私はそのことを、何度も経験しました。そして、そこで育った自立心を活用して心を開くと、良い友達に恵まれることも学んだのです。

 自立心を忘れずに心を開くとき、道は開ける。私はそう信じています。

心を開く

古川 利雅 神父

今日の心の糧イメージ

 「これ、はい、あげる、ドングリ。」。園庭で拾ったドングリが園児の小さな手のひらから、そっと私の手のひらの上に。

 運動会の練習を見守っていたら、小さな子がそっと私の手を握って、一緒に応援。

 子どもたちが心を向けてくれた、ふとした出来事。

 私たちの心は、外から見ることはできないけれど、小さな存在が私に目を留めて、心を向けて、大きな窓を開いてくれた。そんな素敵な姿が、子どもたちの可愛い仕草に表れている、隠れているのかも知れませんね。子どもたちに接したのは、ほんの短いひと時ですが、長い間、心を暖めていただいた様に思います。

 心を開く。私たちはどの様なイメージを持っているでしょうか。 南米の若い聖人、ロス・アンデスのテレサの日記に、こんなエピソードが綴られています。

 「先生のシスターがお菓子をお配りになった。私には小さいのをくださったので、口惜しくなって捨ててしまった。シスターは後からもう一つくださろうとしたが、受けとらなかった。よいイエス様、こんなに卑怯な私をどうお思いになりますか?ゆるしてください。この次はもっとよくいたしましょう。」

 若い彼女が、目に見えない神様に向かって、率直に自分の心を打ち明ける、自分の心を開く、そんな姿が目に浮かんできます。

 心を打ち明けられる存在、心を開くことのできる方と、心を通わせることは、かけがえのない大切な時なのでしょうね。きっと。

 その方はお友達かもしれません。ご家族かもしれません。テレサの様にイエス様かもしれません。人によって様々ですが、そんな方に受け止められながら、今度は誰かを受け止めながら、ともに歩んでゆく。

 心を通わせる時を大切にしながら、今日という一日を大切に歩んでゆければと思います。


1  2  3  4  5  6  7  8  9  10  11