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親と子ども

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

 「すべてのいのちを守るため」という宝物のような言葉をかかげて、教皇フランシスコは2019年11月、東京、長崎、広島、再び東京へと、ひとりの巡礼者として駆け抜けた。東京ドームでのミサは友人の家にパソコンを持ち込み、3人で与った。この3人の空間に、教皇フランシスコとともにミサに与っている人びとの喜びが画面から流れてきた。

 

 教皇フランシスコの、「わたしたちは、すべてのいのちを守り、あかしするよう招かれています」という箇所が心に響いた。

 さて、この3人とは、友人のお母さま、友人、私の3人である。友人とは半年ほど前に教会で知り合った女性で、私と同い年。しかも住まいがすぐそばにある。彼女のお宅に伺うと私の心に安らぎが広がる。彼女は、自宅でずっと眠ったままの101歳のお母さまの介護をずっとしているのだ。

 眠り姫のような色白のお母さまをみて、かけがえのないいのちを目の当たりにする思いだった。お母さまは、話すことはなく、目も見えないかもしれないし、耳もあまり聞こえているようには思えない。しかし、お母さまの顔や手に触れさせていただくと、あたたかいぬくもりがある。

 食事は、友人がご飯を潰してからとろみをつけ、野菜を煮て潰した物を口もとから流しこむ。あたためたタオルで口もとを拭き、抱きしめる。お風呂だけは彼女ひとりでは無理なので、デイサービスの方が迎えにきて、施設のお風呂に入れてくださる。彼女は、その他の時間は一時間以上、家を空けたことがない。彼女の看護はもう10年以上に及ぶ。

 介護をする前には、包帯を織る仕事をしていたという友人。かつて彼女が織った包帯をもらった。その包帯を見る度に、孤独な人びとのために祈ることにしている。