青春

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ

 若いというのはただ年令が若いということであるが、若々しいというのは、年令に関係なく若いということだと思う。青春というと十七、八歳の若者だけに与えられた季節のように思いがちであるが、実は一生が青春なのだと私は思っている。

 神父さま、シスター、ブラザー方の何と若々しいことであろう。ほとんど、年令を正確にいいあてることができないほど若々しい。

 幼ななじみのシスターに会うと、私よりも10歳以上も若く見える。そう私がいうと、シスターは胸のところで手を振って「実はね、髪の毛、真白なんよ。かぶりもので隠れてるけどね」とけんそんするが、お化粧など全くしていなくて、素顔なのにその顔は輝いて見える。33歳で亡くなられた若きイエズスさまのお嫁さんとしての自覚が、その若さを保つことにつながっているのであろうか。

 いつ会ってもイエズスさまと共に青春のまっただ中にあるといった風情には驚かされる。

 どの神父さまにお会いしても、私よりはるかに年上の神父さまであっても、無邪気な幼な児のような表情がうかがえる。

 神さまを心から信じる人に与えられた特権のようなすきとおった表情である。

 神さまの前ではどの人も幼な児である。

 ある時までは聖職者でなくても幼な児のごとく神さまを慕っているが、ある時から自分の力で生きているかのように錯覚しがちである。ある時を青春時代と呼んでもいい。青春時代が分岐点になる場合が多い。神父さま、シスター方は青春時代に神さまと共に生きることを選択された。だから神さまの大いなるふところに抱かれ、若々しい精神のまま、年を重ねているのである。私たち一般の人間も今からでも遅くない。神父さま、シスター方にならい、若々しい精神をとり戻したいものである。

青春

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ

 「青春の日々にこそ、あなたの創造主に心を留めよ」という聖書の言葉があります。(コヘレト12・1)若い時に、自分がどこから来て、どこへいくのか、私を造られた神はどのような方なのかを知ることは、人の一生を大きく左右するでしょう。

 ある思想は、人間は偶然に生まれ、運命に翻弄されながら生涯を過ごし、やがて火に焼かれて煙となって大気中に消えると言っています。もし、人間というものをそのように考えるなら、人生にはあまり意味がなく、たまたま幸せになったり不幸になったりするものだと解釈することになります。それならば、他の人のことなどどうでもいい、物やお金を集め、できるだけ楽しい思いをしなければ損だということになります。

 他方、私たちは神に知られ、愛されており、神に望まれて地上にやってきたという聖書の考えがあります。私たち一人ひとりは、神に丁寧に造られている、神は、例外なくすべての人が幸福になることを望んでおられ、誰でも何か特別な使命をいただいている、いただいた賜物を生かして他の人を幸せにするなら、自分も充足感を味わうことができ、人生は輝きを増すでしょう。苦しみにも意味があることを知ることも大変重要です。私たちは、楽なこと、自分に都合のいいことを求めがちですが、試練を通して心は強められ、自己中心から解放されて自由になります。そのことも青春時代に知っておくと、何が起きてもその意味を考え、やがては感謝に変わっていくでしょう。すぐには試練の価値がわからなくても、神が私たちを愛情深いまなざしで見つめておられると信じるならば絶望しません。

 若い時に神を知ることは、人生をどう生きたらよいかという方向付けを得させる素晴らしいことだと思います。


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