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わたしの今の役割

黒岩 英臣

今日の心の糧イメージ

 この原稿の締め切りも近いので、慌てて書き始めましたが、今の時点で私に役割として求められているものは、いくつも層をなしているようだと直感的に思いました。

 文字通り、今、しなければならないのは、この原稿書きであり、これを無視することはできません。次にしなければならない事は、2つか3つ、同時進行的に重要な、しかし立場の違う案件です。

 つまり、父親として息子にしてやるある差し迫った事案があり、また、音楽家としては、来週から始まる新しいリハーサルの準備として、勉強しなければならないなどです。

 この他にというか、これらの底に流れると言った方が良いかも知れませんが、誰でも、それぞれの立場で、人として、一貫した役割を持っていると言えば、大風呂敷に過ぎるでしょうか。

 もっとも、こんな言い方をすると、とかく私達は大上段に振りかぶったような大げさな考え方に傾いて、何か政治的な運動のようなことを想像してしまいがちです。ですが、実際の私達各々の役割というものは、例えば、夫婦が互いに最後まで愛し抜こうと努めることであったり、その上で私に任されている仕事に忠実であろうとするといったような、ごく慎ましいものではないでしょうか。

 ところで、私はキリスト教徒ですので、この役割にあたることを、キリストから命じられたものとして持っています。

 それは、一つは、「悔い改めて福音を信じなさい」(参 マルコ1・15)と言う事であり、もう一つは、「行って全ての人に福音を宣べ伝えなさい」(参 同16・15)と言う事なのです。

 私達キリスト者のそういう望みも、多くの人にとってそう現実味があるわけではないという事も知っていますが、私達には一番手応えのあるものなのです。