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忘れられない人

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 人の中には、様々な思い出が眠っている。ふとした時に甦って来ては、なつかしい時代に人を呼び戻す。

 私の中にも忘れられない色々な記憶があるが、その一つに、小学生の時に観た一本の映画がある。それは「汚れなき悪戯」という1955年に作られたスペイン映画で、田舎にある修道院で育ったマルセリーノという幼い少年が奇跡を起こす物語である。

 或る日、幼いマルセリーノは屋根裏部屋にブロンズ製で等身大のキリスト像を見つける。マルセリーノには、それが苦しみにやつれて、やせ衰えた人間に見えた。パンと葡萄酒を持って来て差し出すと、キリスト像は十字架から手を差し伸べて、それを受け取ったのである。

 マルセリーノは毎日屋根裏部屋に通い、キリストの膝の上で話をするようになった。

 少年は間もなく天国に導かれ、死後、「マルセリーノ パンと葡萄酒」と呼ばれる聖人に列聖され、語り伝えられたのである。

 この映画を観た時、私はマルセリーノ少年の寂しさがよくわかり、自分の心も同じ寂しさに浸されていくように感じた。少年は修道士たちに可愛いがられていたけれど、それだけでは満たされないものがある。キリストとの出会いによって、それが満たされたのだと思えた。

 子どもが寂しい時、生きるのが苦しい時には、その子のために、キリストは十字架から降りて来てくださるのだ、と私は感動したのである。

 後に、この映画は昔話に基づいたフィクションであることがわかり、私は落胆することになる。そして成長と共に、私の信仰も常識的な大人のものになっていくのだが、私が子どもでいるあいだ、少年はいつも私の中に住み続けていてくれた。