

あなたと初めて会ったのは10年前の夏、横浜のジャズの店で行われた詩の朗読会でした。司会の私が舞台の脇で耳を傾けると、あなたが朗読で料理について語った詩の描写が、今も記憶に蘇ります。その朗読では、まな板の上で大きな魚がさばかれる様子が生命力をもって伝わりました。
Mさんの詩は、ふるさとの郷土料理を作る場面や母親の針仕事の思い出をいきいきと想起させ、働く動作さえもダンスのような楽しいリズムが伝わってくるのでした。
朗らかで明るい性格の彼女が、一度だけ落ち込んだ様子のことがありました。電話をかけると深い哀しみを涙ながらに語り、その時の私は微力ながらも、その辛い気持を、ただ静かに受け止めたのでした。
翌年から、ある詩人会の役員としてMさんと一緒に仕事をしましたが、いくつもの明るさと優しさを思い出します。他の役員の人達と詩というものの豊かさを分かち合う、数々の催しを織り成せたことは、私の心の財産になっています。そこにはいつも彼女の明るい笑顔がありました。しかし、病のため、任期の途中で役員を辞めざるを得なくなったのです。
Mさんは詩人であることの他に、合唱の活動もされていました。自らに残された命をみつめながら、最後の舞台に立ちました。すでに一人では歩けなくなっていましたが、それでも世の平和を切に願う歌を独唱する時、あなたは椅子からすくっと立ち上がり、魂の歌声をホールに響かせたのでした。
私の携帯電話のメールには、「辛かった時に支えられた服部さんの笑顔を忘れません」というメッセージが今も残っています。私もMさんの優しい笑顔をずっと忘れることはないでしょう。