

修道会の聖堂は天井が高く、寒い時など早くに暖房を入れてもなかなか温まりません。数人のシスターで、この聖堂でお祈りする人が少しでも心地よくお祈りできるよう、何とかならないものかと考えていた時、輻射式の暖房器具に出会いました。
輻射とは、辞典で調べると「物体から電磁波や熱が四方に放出される現象。またその電磁波の形をとって伝達されるエネルギー」とありました。温度の高い方から低い方へ熱が伝わる、という現象のようです。実際、輻射式の器具の横にいると、温かい風はないけれど、ゆっくりじんわりと温まってくるのを感じました。
たとえば、まだ寒い春の日、日向ぼっこしていると、冷たい体がじんわりとやさしく、温かくなる感じ。逆に、夏の暑い日、太陽に照らされて火照った体が、涼しい木陰に入ると、ゆっくり心地よく冷えてくる感じ。どちらも輻射の現象のようです。
この全く静かで、目には見えない現象、今まで、それが当たり前だと感じていた自然の働きは、人が考えて創りだしたものではなく、神様が創ってくださった創造の業(わざ)なのだと、気づかされ、驚き、感動しました。
それを思うと、小さな幸せは、そこここにちりばめられているのだと思います。
神様は人間を愛おしく想われて、派手ではなく、でも、きらっと光るもの、心がじんわりと温かくなるもの、そのようなものを日々、一人ひとりのために準備してくださっているのだと思います。それは静かに存在しているので、一見気づかれにくいものかもしれません。でも確実に奇跡的にあるのだと感じます。
そして、それは小さな幸せのように思えて、実はとてつもなく大きな神様の愛に包まれた大きな幸せなのだと思います。