▲をクリックすると音声で聞こえます。

忘れられない人

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 これまで一緒に働いたことのある神父たちは、それぞれ豊かな個性を持っていたが、先日、98歳で帰天したM神父は、特に個性が際立つ神父だった。思い出を話し始めればきりがないが、わたしの印象に特に強く残っているのは、「ゆるしの秘跡」という儀式の中での彼の言動だ。

 カトリック教会には、自分が犯した罪を神父に告白してゆるしを願う「ゆるしの秘跡」という儀式がある。わたし自身は神父だが、神父も、他の神父に罪を告白し、ゆるしを受ける。一緒に働いているあいだ、わたしはM神父に「ゆるしの秘跡」を頼んでいた。初めてM神父から「ゆるしの秘跡」を受けたとき、まず驚いたのは、罪の告白を聞いているときのM神父の表情だ。このようなときには、普通、真剣な顔をするものだが、M神父はにこにこ笑っていた。もっと驚いたのは、罪を告白し終えたときに、M神父の口から出た言葉だ。M神父は、告白が終わると、なんと、「そうか。わたしと同じだ。困ったなぁ」と言ったのだ。

 「ゆるしの秘跡」では、こちらが罪を告白した後、神父から指導がある。M神父の指導はとても簡潔だった。「わたしも同じような罪をしょっちゅう犯している。困ったなぁ。一緒に神さまに祈ろう」という、それだけだ。しかし、その言葉を聞いたとき、わたしはとても安心した。人間、いくつになっても罪を犯す。大切なのは、謙虚な心でそれを認め、ゆるしを願うことなのだと、M神父の態度から気づかされたのだ。気の利いた言葉を並べるより、何倍も効果のある指導だったと言っていいだろう。

 彼のやり方は誰にも真似ができないが、相手の弱さに真摯に寄り添う彼の姿勢をしっかり心に刻み、少しでも近づけるようにしたい。