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祈り合う

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

 1981年は、今日振り返ると正に私の人生の大転換期となりました。2月にヨハネ・パウロ二世教皇が来日なさり、大雪の降る後楽園と長崎球場でごミサを、冬晴れの広島平和公園で「戦争は人間の仕業です」と反省を促すメッセージを下さいました。また4月にはマザーテレサの来日があり、桜に浮かれる人々に「日本は物があふれる国、でも心は貧しい」と苦言を呈されました。

 私はお二人を追いかけ、スケッチを沢山描いたこともあり、お会いになれなかった方が多いと聞いて、地元鎌倉で秋に「善き訪れ」と題する個展を開催しました。カトリック雪の下教会は、それまでカナダ人司祭ばかりでしたが、初めて日本人が主任司祭として赴任したからには、とはりきっていらした吉山登(よしやまのぼる)神父様がご来場下さり、いきなり「あなただ、私が探していたのは」とおっしゃってお帰りになりました。

 後日、改めてキリシタン歴史家の高木先生と自宅にいらして、鎌倉のキリシタンについてお話下さり、絵に描いて欲しいとご依頼されました初めはご辞退していましたが、東慶寺(とうけいじ)宝物殿の聖餅箱(せいへいばこ)からヒントを得ることにすると、ご住職が応援してくださいました。
 そして多くの皆様の祈りに支えられ、2年がかりで「鎌倉のキリシタン」3連作が完成しました。以来40余年、殉教の歴史画を描き続け、漸く沖縄から北海道まで20か所近いキリシタンの有様を記録することができました。

 吉山神父様は「神の絵筆になりなさい。神様が描かせて下さる」とおっしゃいました。本当にこれらの宗教画は祈りの中でアイディアが生まれ、依頼なさる方も共に祈って下さる祈りあいがあって初めて完成出来るので、多くの祈りに感謝でした。