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大きな壁

三宮 麻由子

今日の心の糧イメージ

 何かを長年続けていて、突然「あっ、いつの間にか壁を乗り越えていた」と気付く瞬間があります。意識していた当時はとても乗り越えられないと思えた大きな壁なのに、気付いたら意識すらせずに克服しているのです。

 たとえば料理。誰しも保護者に作ってもらって食べていた時期から、自分で食材を買い、調理し、食べるという時期に移ることでしょう。

 最初は包丁や熱湯の扱いが恐くてなかなかできなかったり、調理に時間がかかるので総菜や冷凍食品に頼りがちだったりもしたでしょう。

 私もまさにそうでした。けれど、ステイホームを余儀なくされたあの時期、それまで多忙でなかなか向き合えなかった料理に比較的ゆっくり挑戦できたことで、食生活がずいぶん豊かでバラエティのあるものになりました。

 長年続けているピアノでも、絶対無理だろうと思っていたパッセージと呼ばれる技術的に難しい箇所が、気付いたら何も考えずに弾けるようになっていたり、その余裕によって自分でも予想だにしなかった、心の深くから引き出された音楽が現れてきたりするのです。

 仕事もそうではないでしょうか。始めたばかりのころは難しいことばかりだったのに、いつしか後輩や生徒を指導するまでになっている自分の姿に気付いたりする。壁とは、そんなふうに乗り越えていくものかもしれません。

 壁があると意識したとき、それが大きいかどうかよりも、そこに壁があることのほうが強く印象に残る気がします。奮起するきっかけになることもあれば、挫けてしまうこともある。けれど、そこで止まらずに挑戦を続けるうちに、知らない間に超えてしまっている壁もある。

 壁とは本当に不思議なものです。これもまた、神様が示される道しるべなのかもしれません。