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大きな壁

許 書寧

今日の心の糧イメージ

 20数年前に台湾から来日した当初、大きな壁にぶつかっていた。

 それは言葉の壁であった。

 その頃はインターネットさえもそれほど普及していなかったので、日本で日本語以外の情報を得るのは難しかった。家でテレビを点けてもチンプンカンプンだったし、外での人とのコミュニケーションが全く取れなかった。私は言葉の砂漠に放り込まれたように感じてとても寂しかった。あまりにも母国語が恋しい時などは、本屋に入って漢詩の本をパラパラめぐっては僅かな慰めを求めていた。

 やがて、大阪の日本語学校に入学したが、言葉の壁は依然として立ちはだかっていた。いくら勉強してもなかなか思うようには上達せず、もどかしい日々ばかりが過ぎて行った。

 来日から1年が経とうとしていた頃、ある晩テレビでスタジオジブリの、「魔女の宅急便」が放送されることになった。私は昔からこのアニメが大好きで、台湾で何度も観たことがあったので、その時はただ懐かしく思いながらテレビの前で楽しんでいた。しばらくすると、ふと気づいた。

 「あれ?今、何の違和感もなく観ているが、字幕なしで観ているではないか?」

 つまりその時の私は、日本語の映画を日本語で理解しながら、普通に楽しんでいたのだ。その事を認識した瞬間、全身に鳥肌が立ち、嬉しさで震えが止まらなかった。

 日本語が上達しないと長い間もがき、言葉の壁を感じ続けてきたが、実は毎日コツコツと勉強した成果が積み重なって、いつしか壁を乗り越えられるまでの語学力を身につけていたのだった。壁にぶち当たることは苦しいけれども、壁が大きければ大きい程、乗り越えた後の見晴らしが素晴らしくなる。

 喜びをもたらしてくれる大きな壁には、感謝しかない。