夏の日差しの中では、暑さを避けるため、また、強力な紫外線を避けるために、日陰を選んで歩くようにしています。暑い日であっても、日陰にそよぐ風に吹かれていると、少しの心地よささえ感じることがあります。
さて、聖書によれば、人類は長い間、闇の中を歩み続けていたのだ、と教えてくれています。イザヤという名前の預言者の言葉によると、次のように書かれています。
「闇の中を歩む民は、大いなる光を見 死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた。あなたは深い喜びと 大きな楽しみをお与えになり 人々は御前に喜び祝った。刈り入れの時を祝うように 戦利品を分け合って楽しむように。...ひとりのみどりごがわたしたちのために生まれた。ひとりの男の子がわたしたちに与えられた。」(9章 1・2、5)
闇の中を歩み続けていた人類に、救い主が与えられる喜びについて、この預言は語っています。それは大きな楽しみであり、喜び祝う出来事であると告げています。そして、闇の中を歩む人類にとって、救い主は大いなる光なのだ、と語っています。
今ここで、この光と影のコントラストについて思いめぐらしていきたいと思います。救いへの希望がなかった人類に、決定的な救いの光が差し込んできます。絶望感に満たされていた人類に、喜びと希望がもたらされてきます。日陰からひなたへと歩み出すように、人類に大いなる光が与えられるのです。
これは、闇の中で救いを待ち望んでいた人たちにとって、どれだけの喜びだったことでしょう。どれだけ大いなる光となったことでしょう。
救い主の誕生は、長い間、人類が待ち望んでいた出来事でした。そして、ついにそれは実現し、私たちは救い主の恵みのうちに生かされることになったのです。