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自然への感謝

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 昔、東京に住んでいたときのことだ。仕事や人間関係など、さまざまなことがうまくいかず、人生に行き詰まりを感じたことがあった。ちょうど、梅雨が始まった頃のことだ。うつうつとした毎日を過ごしていたのだが、あるお休みの日に、雨がぴたりと止んで青空が広がった。わたしは思い切って、日帰りで日光まで出かけることにした。

 電車とバスを乗り継ぎ、数時間かけて戦場ヶ原までたどりつくと、そこはまるで別世界だった。遊歩道のあちこちで、ズミの木が白くて小さな花を枝いっぱいに咲かせている。満開の梅や桜にも劣らないほどの美しさだ。ワタスゲも、湿原を覆い尽くすようにして、綿のような白い穂をゆらしている。広大な湿原の向こうには、男体山をはじめとする山々が、湿原を見守るようにどっしりとそびえている。降り注ぐ初夏の陽射しの中で、吹き渡る風はどこまでもさわやかだ。

 あまりにも美しく、広大な自然の中で、「わたしは確かに、この世界から受け入れられている。この世界は、こんなわたしでさえ受け入れてくれる」としみじみ実感した。生きるための勇気と力を与えられたといってもいいだろう。沈み込んでいた心は、うきうきとした喜びで満たされ、とぼとぼと歩いていた足は、大地を踏みしめる力を取り戻した。キリスト教の言葉でいうなら、神さまの愛に包まれて、新しい自分に生まれ変わったというような気持ちだった。

 悲しみや苦しみの中にあるときにこそ、自然の美しさに気づいて感動することが多いような気がする。弱くて傷つきやすい人間の心を癒すために、神さまは美しい自然を準備してくださったのかもしれない。その恵みの大きさに、心から感謝したい。