母が子どもだった頃、家の中庭に大きなリュウガンの木があった。
リュウガンというのは、台湾でよく見かけるトロピカルフルーツである。ライチより一回り小ぶりで、見た目は少し地味だけれども、茶色い皮を剥くと、キラキラと透き通った白い果肉がぷるんと現れ、口に入れるとメロンに似た芳醇な香りと甘みが広がり、何個でも食べたくなる美味しさなのだ。
ところが、母の家にあったリュウガンの木は大きさだけが立派で、実りがちっとも良くなかった。それでも、母はその木が大のお気に入りでよく木陰で遊んでいた。
ある日、曾祖母が外出から戻ると、なぜか鋭い斧を持ち出し、いきなりリュウガンの木の根元当たりをトントンと叩いて傷つけ始めた。びっくりした母は必死に止めようとした。
「おばあちゃん、やめて!なんで木をいじめるのよ?かわいそうじゃない!」
しかし、無口な曾祖母の答えはたった一言だった。
「実らないからよ」
大好きな木が受けた扱いがあまりにも理不尽だったので、母は幾日も涙が止まらなかった。
あとで分かったことだが、実はそれは果樹園の友人から伝授された裏技らしかった。実らない木をわざと傷つけると、豊かに実るようになるという。実際、庭にあったリュウガンの木は翌年、驚くほどたわわに実り、その果実は市販のものよりもはるかに甘くて美味しかった。
今でも、母はよく懐かしそうに語る。
「最初はわけがわからず、ひいばあちゃんのことをいっとき恨んでいたのよ。でもね、全ての痛みと苦しみには意味がある。それを教えてくれたのはリュウガンの木だったの」
母のリュウガンの木の思い出は、人生そのものを物語っていた。