五島で暮らしていた子供の頃の子守唄は、我が家に泊まっていたおじさん、おばさんの、歌うような陽気な声であった。
我家で御飯を食べ、飲み、歌にし、やがて眠りにつく前、きまって「人間ちよかもんじゃね」という声が聞こえた。
そのあと、「生きちょるっちよかもんじゃね」というのだった。
戦後、わずかしか経っていなくて、衣・食に不自由していたはずなのに、そんなことは全く気にしていないかのように、現在の自分を全肯定しているのだった。
私たちは難しいことは何もわからなかったけれど、子ども心に「人間ていいものだ」「生きてるっていいものだ」と」思って成長したのだった。
私たち5人きょうだいは、親からお金や物など残してはもらえなかった。しかし、人との絆の大切さだけはしっかりと教えてもらった。
年中、戸じまりをすることなく、困っている人はたとえ今、刑務所から出て来たばかりの人でも受け入れて面倒をみた。
「罪を憎んで人を憎まず」というのが父母の口癖であった。
「人間はみなきょうだいっち、イエズスさまがいうちょるけんね。助け合わんばね」といい、毎日を過ごしていた。
昨夜、長兄と電話でおしゃべりした。
兄は私より10歳上、87歳。
妻に先立たれ、今はケアつき老人住宅にひとりで暮らしている。
兄の口癖は「感謝」である。
「人間の絆ってすごいなあと思う。マンパワーのありがたさを感じる。人にこんなによくしてもらえるのは、父ちゃん、母ちゃんの徳のおかげ」と父母をなつかしんだ。