▲をクリックすると音声で聞こえます。

大切なこと

許 書寧

今日の心の糧イメージ

 洗礼を受けて間もない頃、台湾の女子パウロ会からイラストの仕事を依頼されたことがあった。

 それはカトリックの要理書の挿絵の仕事で、その本は、教会の教えや、ご聖体にまつわる奇跡、聖人の逸話などを、子どもたちにも分かるようにやさしく説明する信仰入門書であった。A5判の小さな本とはいえ、イラストの量が非常に多い。しかも、想像力を膨らませて自由に描けるものならまだしも、本当に起きたことや歴史上の人物などを描写する写実的な絵が殆どだったので、とにかく資料集めに骨が折れた。

 たとえば、旧約聖書時代の人々はどのような食器で何を食べていたのか?12使徒が愛する師イエスと最後の食卓を囲む時、どんな表情と仕草をしていたのか?また、本に登場するたくさんの聖人たちの顔や服装、それぞれの時代に合った小物や背景の描き方など、なにもかもある程度史実を再現しなければならなかったので、その大変さと言ったら...。

 私は焦っていた。70枚ものカットを期限内に完成させようと、連日連夜仕事に没頭したのにもかからわず、編集者から何度も何度も修正や描き直しを要求され、身も心もボロボロになりかけていた。

 そんな私を見かねたのか、編集長のシスターが助言を下さった。

 「ゆっくり急げ。 急いている時ほど、ゆっくりやるのよ」

 ハッとした。なんと大切なことを忘れていたのだろう。

 いつまでにあと何枚仕上げなきゃと慣れない仕事の締め切りにしか頭が回らず、肝心な心のゆとりを失っていた自分に気づかされた。本来真摯に向き合うべき、目の前の作品をおろそかにしてしまっていたのではないか。

 ゆっくり急ぐ。

 これこそ、困難を乗り越える一番の早道かもしれない。