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旅立ち

許 書寧

今日の心の糧イメージ

 18歳の夏、初めて家を出た。

 受かった大学が家から250キロも離れた台北にあったため、キャンパス内の女子寮に入ることになった。4人部屋とはいえ、生まれて初めての一人暮らし。私は新しい生活に胸を膨らませ、のんきに浮かれていた。

 「台北は寒いからね」と、さっそく母は私のふとんを新調し、ちょっと不格好だけど丈夫な帆布袋に入れてくれた。大都会に旅立つ愛娘が心配で仕方がない父は、いても立ってもいられず、わざわざ仕事を休んで台北までのSPをかって出た。

 入学式の前日、大きな荷物を引きずりながら父と高速バスに乗り込んだ。高速とは名ばかりで、実際は田舎道をマイペースでのろのろ走るバスなので、目的地にたどり着いたのはすでに出発の8時間後で、父も私もくたびれてしまっていた。

 いざ大学に着いてみると、興奮気味の新入生で溢れていた。私はそのすさまじい熱気に圧倒されて心細くなり、人混みをいさましくかき分けて進む父の後を小走りでついて行くのがやっとだった。

 私は一心不乱に父の背中を追った。

 というより、パンパンの帆布袋を追ったと言った方が正しいかもしれない。母が用意してくれたふとんが入った見栄えの悪いその袋は、父の荒い呼吸に合わせて背中で激しく動き回り、まるで生き物のようだった。

 父はその日のうちにとんぼ返りで帰って行った。彼の背中には帆布袋の汗の染みが寂しそうに残っていた。

 旅立ちの最初の晩は、暑苦しい熱帯夜だった。

 けれども私は、父と母の想いのつまった冬用の分厚いふとんにくるまり、いつまでも4人部屋の片隅で声をころして泣いた。