大学時代、フランス語討論の授業で旅について話す機会がありました。
「あなたにとって、旅の一番楽しいところは何ですか」
問われて私は、「家に帰って玄関を開けて安着を確認できたとき」と答えたら、先生が驚いたような笑いを発してこう言われたのです。
「それじゃあ、あなたは旅行じゃなくて帰ることを楽しんでいるのですね」
うーん、言われてみればそうなのかも、と一瞬素直に納得しそうになりつつも、いや、そうでもないぞ、と心の中で反論を展開しました。
先生の言われる通り、この言葉だけを受け止めれば旅の醍醐味は無事に終わった喜びということになります。でも、その喜びに至るまでには、楽しい思い出やハプニング、ときにはいやな思いも経験しているのです。それがなければ、無事に帰れたことを喜ぶほど深く心を動かされはしないでしょう。私が言いたかったのは、旅路そのものだけでなく、全てを終えて、旅の行程全体をいわば鳥瞰図で、平和な環境で振り返ることができて初めて、旅は楽しかった、無事に終わった、といえるということだったと思います。
旅というと、何となく旅程自体に注意が言ってしまうかもしれません。実際に旅をしているときには夢中なので、私もそうなります。
人生という抽象的な意味での旅においても、その時々には目の前にある経験をクリアすることで手一杯でしょう。
しかし、旅路が終わったときや、ある節目を向かえたとき、それまでの経験が心の中で一まとまりになる瞬間があります。その一つが、帰宅なのでしょう。
毎日の外出から旅行や出張、人生の旅路まで、夢中になったり振り返ったりしながら歩く私の手を、神様はそっと引いていてくださるような気がします。