「心の旅路」というアメリカ映画がある。イギリスの作家ヒルトンの小説を原作に、1942年に制作された古い映画である。
第一次世界大戦で記憶喪失になった兵士が、助けてくれた女性と結婚して幸せに暮らしていた。
或る日、交通事故に遭ったのをきっかけに、記憶を取り戻すが、代わりに妻との結婚生活を忘れてしまう。妻は戻らない夫を探し、やっと、大会社の社長になっているのを見つけたが、夫は彼女のことがわからない。仕方なく、その会社の秘書として働く。だがついに、努力が実り、全ての記憶が甦る。
主人公が小さな家の扉を、自分が持っていた鍵で開けた時、そこがかつて暮らしていた家で、傍らにいる秘書が実は愛する妻だったとわかる最後の場面は、人々に深い感動と満足をもたらすようだ。
「心の旅路」とはよい題名だと思う。人生はよく旅に例えられるが、それは心が旅をしているのである。この主人公の心は、失われた自分自身を探す旅をしていた。
ところが、記憶が回復し、自分自身を取り戻して、やりがいのある仕事と財産が手に入っても、彼は満たされなかった。心が、言葉にならない声で、旅の目的がまだ果たされていないことを伝えてくるのである。それは愛する妻を見つけ、人生に愛を取り戻すことであった。
人生に一番大切なことは何か、という問いに、愛だと答える人は多いようである。手に入らないと嘆く人もまた多い。だが愛する人は、気がつかないだけで、実は身近にいるのではないだろうか。この物語の妻のように。
心が旅をして行く。日々を歩んでいくのだ。心が歩んだ後に、それぞれのささやかな旅の道が生まれている。