何か悩みがあるときどうするでしょうか。悶々と考えても解決策が浮かばないときに、どうするでしょう。
ふつうは、だれか信頼できる人に相談してみようと思うのではないでしょうか。私もそうします。自分よりも、賢明で経験もあり誠実に対応してくれる人はいらっしゃるものです。相談すれば、目からウロコが落ちるような解決策を示してもらえることもあるでしょう。話を聞いてもらうだけでも、気持ちが落ち着き、自分で解決策に気づくこともあるでしょう。
ただ、そういう奇特な人はたいていの場合忙しくて、よほど親しい間柄でなければ、時間を割いてもらえるわけではありません。
カウンセラーやコンサルタントのような職業の人なら、当然、お金がかかります。
ところが、お金は1円もかからない方法があります。
しかも、いつでも、どれだけ長い話でも聞いてもらえるのです。
さらにその相手は、誰よりもずっと知恵があり愛があります。
つまり、神様に祈りの中で相談するのです。
人間でも親しい間柄なら、悩みを打ち明けて相談する人を無下に扱うことはまずないでしょう。
ましてや私たちの慈悲深い父親である神様が、助けを求めて語りかける子どもを無視するはずはありません。
問いかけると、神様の答えが声となって聞こえてくるわけではありませんが、祈り続けていれば、答えはいずれ返ってきます。
多くの場合は祈りの最中に、でなければ別の場で間接的に答えが与えられることがあります。散歩中に、仕事中に、本を読んでいたり、人の話を聞いていたり、様々なときに、良い考えがふいに湧き上がってくることがあるでしょう。
神様は、祈り続ける私たちを様々な手段で幸福に導こうとされるのです。