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ゆるし

今井 美沙子

今日の心の糧イメージ

 私の父をひとことで称すなら「おひとよし」、もっとよくいうなら「ゆるしの人」であった。

 父の口癖は「自分が他人ばゆるさんじゃったら、自分も神さまにゆるされんとよ」ということであった。

 父は64歳で召されたが、私の知る限り人のことを悪く言ったりすることはなかった。
 私は父に叩かれたことはもちろん、怒られた覚えもない。
 4歳上の五島の姉も同じことを言っている。父は誰に対してもやさしかった。

 母の縁続きの娘が、結婚前にまちがいをおかし、妻子のある人の子どもをみごもった時も、ひとことも責めず、あろうことか、母にこんな提案をしたという。

 「チノ、あの娘のお腹の子は、わしらで育てよう。あの娘ば身ふたつにして、よか男ん人と結婚させよう」と。
 母はびっくりぎょうてんし、その言葉を後に私たち子どもに伝えた。

 幸いにして、カトリックの男性が現れて「お腹の子ごとください」と言って結婚してくれ、血のつながらない子どもを、それは大切に育ててくれたという。 その男性も「ゆるしの人」であった。

 父は「相手には相手の都合があるとじゃけん」と言って、約束をたがえられても、その人を責めるということはなかった。
 「人間じゃけん、まちがいもあるとよ」と言って、たいていのことはかばった。

 私は父の今を想像する。 父は天国にいると信じている。

 霊名はペトロなので、聖ペトロの下で、天国の門の番人をしていると思う。神さまにゆるされた者がやってくると、いそいそと門を開けている父の姿を想像すると楽しい。