人生、悲喜こもごも。しかし、人が常に強く求めて止まないもの、それは間違いなく「安らぎ」であります。というのは、人間は「常に」と言っていいほど、しばしば心配や不安に駆られ、「安らぎ」がいとも簡単に失われてしまうからであります。いかにして心配や不安を心の中から消滅させ、平安を保持することができるのでしょうか。
これは、人生にとって誠に重大な課題と言っても過言ではありません。平安、「安らぎ」は、人類が永遠に求めて止まない重大課題であります。荒海の人生、風が止み、波が穏やかになることは滅多にありません。
このようにみますと、「安らぎ」とは、容易には得られない誠に貴重な宝ものと言っても、決して過言ではありません。
では、その宝物の「安らぎ」を得るには、どのようにすればよいのでしょうか。
それには、まずは沈思黙考、無為無策、無我の境地から始めるのがよいのではないかと思います。しかし、よいとは言え、沈思黙考、無為無策、即「安らぎ」とは、いきません。
瞑想は当初、雑念妄想に襲われますが、精神統一、心の訓練、例えば、ロザリオを唱えることによって、雑念を克服することが出来ると思います。
多忙な世の中、人それぞれ、ほんのひとときでも、瞑想、祈りのチャンスを持ち得れば、誠にラッキーです。朝、目覚めた後のひととき、あるいは、夜寝る前のひととき、心静かに祈る習慣を身に付けたいものです。これによって、澄みきった清い心の源泉が得られるに違いありません。
「主がすべての災いを遠ざけて あなたを見守り あなたの魂を見守ってくださるように。あなたの出で立つのも帰るのも 主が見守ってくださるように。今も、そしてとこしえに。」(詩篇121・7~8)