私が幼稚園生の頃、担任の先生のほかに私をかわいがってくれる若い女性のT先生がいました。細かいことは覚えていませんが、子ども心にも〈素敵だなぁ・・〉と憧れていて、先生がいる日はわくわくして嬉しかった記憶が残っています。今思えば、初恋だったのかもしれません。
卒園後、30年の歳月が過ぎて大人になり、詩人を志していた私は結婚して家庭を築きました。ダウン症をもつ息子を授かったことから、カトリック新聞で命の大切さをテーマに『我が家に天使がやってきた』という連載をしていました。
やがて講演の依頼を受け、カトリック教会でお話と詩の朗読をさせていただくことになったのです。当日、教会内は満席。私にとっては初めての経験で、開演時間が近づくにつれて、胸の鼓動が高鳴ってきました。駆けつけてくれた友人たちに挨拶をしていると、少し離れたところから「剛君」と、私を呼ぶ声がしました。振り返ると――あのT先生でした。あまりに久しぶりの再会でしたが、私を懐かしそうに見つめる表情から先生の面影をはっきりと思い出しました。「大きくなったのねぇ...今日は楽しみにしています」「ありがとうございます。実は僕、先生のファンだったのですよ」と笑顔で伝えた後、私は何か勇気づけられた思いで舞台に上がることができました。
講演のなかで、私は妻と共にダウン症児の息子を育む決意を語り終えると、教会内は温かな拍手に包まれました。舞台を下りて友人に感謝を伝えていると、もう一度私を呼ぶ声がして、先生が何とも嬉しそうに立っていました。
「良かったですよ」と、一言だけ私に伝えた後、人垣の向こうへと歩いてゆくT先生の後ろ姿を、私はずっと忘れないでしょう。