70年余り前、野村英夫という詩人が31歳の若さで肺を病み、世を去りました。自然の風景に想いを重ねて恋を詠う詩を、晩年は命を見つめる深い詩を、書き遺しました。
野村英夫は生前に『カナリア』という同人誌を創る構想を持っていました。長い年月が過ぎ、私は野村英夫の詩を愛する詩人の友と出会い、意気投合し、その志を継承すべく昨年、『カナリア』を創刊しました。私は同人の仲間と共に「風景と信仰の領域をも分かち合う詩」を探究したいと願っています。創刊号で、最も私の心に残ったのは次の詩でした。
わか葉 辰巳 信子
ときに高く ひくく
その音色は木の間からもれてくる
昨夜の雨にあらわれて
わか葉がにおいたつ池のほとり
青年の手は 魔術師のように
音をつむいでいき
うれいをおびたビオラの音が
水面に波紋をえがきだす
若い男女のさざめきや
子ども連れのにぎわいを背に
青年は ひとり立つ
ビオラを手にした青年の
まなざしの おく深く
においたつわか葉が よぎり
辰巳さんは70歳を過ぎた今も、日常の中に美しいものを見出す豊かな感性を持っており、その詩心が麗しい――と、私は感動しています。