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麗しい

林 尚志 神父

今日の心の糧イメージ

 その人は道の左手をこちらに向かって足早に歩いて来ました。私は心もち距離を保ち道の右手を進みました。その女性は少し首を傾け一方を見つめ、固い表情で通り過ぎました。ちらっと見ると、"独り"という雰囲気を深く感じました。服装は乱れてはいないのですが、気に掛けない質素な感じでした。歳は30代か。

 コロナ時代に入り、私はそれでも週2、3回大体同じ道を散歩しています。その後何回もその人とすれ違いました。何となく孤独・淋しさ・憂いまで感じるすれ違いでした。

 散歩は不思議な出来事の生じる時で、色々な人々と挨拶や立ち話など、思わぬ出会いの時です。そして、とうとう「こんにちは」と声掛けをしてしまいました。と、微かに振り向いて「こんにちは」と返事が返ってきました。

 周りの景色が震え、辺りの様子が変わったようでした。何回かすれ違い、「いつもお会いしますね」。「はい」。「何回位回るのですか」。その散歩道はこの街の浄水場を取り囲む四方の開けた道です。「3回です」「歩くのは身体に良いですね」「はい」。

 こんな不細工なやり取りでした。お互い名前も紹介し、住んでいる場所も分かり、すれ違いが楽しくなりました。そして、ある日いつもの二言三言の言葉の終わりに「私、病気なんです」と言いながらすれ違って行きました。その後ばったり何か月かその姿を見ずでした。もしかしてと心配しました。

 そして、ひと月位前の事です、相変わらずの身なりでその人が歩いてくるではありませんか。「久しぶりですね、どうしたかと心配しましたよ」

 その人は病が深まったのかと感じる顔色で微かに何かを言い、麗しい微笑みを向けてすれ違って行きました。そしてまた姿を見受けないのです。