彼との付き合いは長く、もう60年を越えます。5歳若いがSさんと呼んでいます。出張で近くに行ったので夜会うことにしました。しかし約束の時間より早く着いたので寄り道をして、碁好きの友人と勝負を始めてしまいました。するととっくに時間が過ぎてしまい、「碁うちは親の死に目に会えない」と、父親から昔聞いたことを思い出したりして、Sさんに電話すると、自分の方から行くと言ってくれ、私は"負け碁"の挽回を続けました。
やがてSさんはお酒と肴を持って現れました。酒の肴を一つまみ、お酒も頂きながら、何とか勝ちたくて、もう一番と粘って、Sさんに顔を向けず碁盤に噛り付いていました。時が経ち、他の友人に「Sさんの方から会いに来てくれているのに、いい加減で碁を止めたら」と強くたしなめられました。当然です。
ところがなんと私は「いや、Sさんは居てくれるだけで良いんだよ」と言ってしまいました。一瞬空気が止まった様でしたが・・・。
やがて諦めた私は、Sさんと夜道を話しながら宿舎に帰り、今日は遅いからまた明日話そうと別れました。
翌朝彼の部屋に行きましたが、二人共急いでいて、挨拶だけになりました。その時彼が「昨晩、『そこにいるだけで良い』と言われたのは嬉しかったな」と感慨深く言うのです。
現在、Sさんは週3回の透析を受けて動けず、面会も儘ならない入院状態が長く続いています。ですが、Sさんが居るだけで落ち着きを取り戻し、少し凹んだ状態から立ち上がれる心模様になれることに変わりはありません。
あなたが居てくれるだけで良い。身近な人が、何気なく出会った人が、一人一人掛け替えのない「あなたが居てくれるだけで良い」人なのかも知れませんね。