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共生社会

服部 剛

今日の心の糧イメージ

 「野球は筋書きのないドラマ」という言葉を聞いたことがあります。選手の魂の込もったプレーに人は感動し、自分の姿を重ねて励まされます。プロ野球は年間に143試合も行われますが、時に見どころのない試合もあります。一昨年の緊急事態宣言解除後に観戦した試合は、私が応援するチームの見せ場のない試合でした。

 〈今度こそは〉と思い、昨年買うことができたのはペアチケットで、心に浮かんだのは親友O君でした。その頃独身のO君は、長く闘病していたお母様がこの世を去ったばかりで、本当に「ひとり身」となりました。私が彼の孤独を救えなくとも、ささやかながら、〈同じチームを応援するO君と共に観戦をしよう〉と思い、球場の近くで待ち合わせをしました。

 その試合は接戦ながら、相手チームにリードされ、何度も1点差に迫っては引き離される、苦しい展開でした。やがて最終回となり、2点差でもはや敗色濃厚でした。私は〈神様、そしてO君のお母さん――どうかこの試合がO君にとって励ましのプレゼントになるような、希望の灯る試合になりますように〉と、真剣に祈りました。

 すると、この試合で初めてヒットが続き、ベンチの控え選手たちが代打で出てきては打ち、キャプテンの選手が同点のヒットを打ちました。最高の舞台が整い場内が歓声に湧く中、四番打者が外野にフライを打ち、野手が白球を捕ると共にランナーは走り出し、頭からホームにすべり込み、劇的な逆転勝利。私は「やった!」と両手を上げ、O君の肩を抱きました。

 全ての祈りが叶うとは限りませんが、その試合から、「誰かを心から思う祈りは天に通じる」と感じられた、忘れ得ぬ日となったのです。