人は、健康でありたいと望みます。だから、しっかり食べ、しっかり休息を取り、次に準備します。それには糧が必要です。私たちが度々祈る「主の祈り」の中でも「私達の日毎の糧を今日もお与えください」と祈ります。
糧と健康は切れない関係のようです。
WHOの健康の定義は、「健康とは身体的、精神的、社会的に完全に良好な状態であり、単に疾病のない状態や、病弱でないことではない。」とあります。私が思う身体的糧は食べ物ですが、精神的糧はどこから?・・社会的糧は、自分の選んだ仕事を充実させる事で人の役に立ち、良好な状態を保って、糧になっているように思います
では、先ほどから躓ている精神的糧は、どこから頂けばよいのでしょうか?
それは皆と一緒でない、私だけにくださっている神様からのメッセージを、自分で探す「祈り」の中からだと思います。
私はこれを「祈る祈り」と呼んでいます。これが無ければ毎日の精神的糧を戴いていない気になり、活気が無く、損した気分になります。この祈りは、私の望みではなく、何が神様のお望みかを気づき、それを意識して日常生活の中で活かすという日常生活密着型の祈りです。毎日の糾明の中でありのままの私を見つめ、心で探し、神様の望みを知ると、「ありがとう。ごめんね。これからもよろしく。何かできる事ない?一緒にやるよ」など、次の準備ができます。
精神的糧を自分の糧として活かしきれるか否かは、私よりも私の事をよく御存じの神様が私だけにくださっているメッセージを、私自身が祈って気づき、戴くことが出来るか、にあるようです。
神様は一人一人の精神的成長を、誰よりも喜んでくださいます。
さあ~祈って探してみましょう。オンリーワンの愛のメッセージを!