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授かったもの

越前 喜六 神父

今日の心の糧イメージ

 キリスト教を信仰する者として、私は万物のすべてが神の創造物、すなわち「神からの授かりもの」と確信しているので、みな尊いし、大切なものだし、善なるものだと考えています。

 けれども、そこには必ず多様性とユニークさがあります。単調ならば、神のはたらきや恵みとは言えないでしょう。

 雪国生まれの私は、昔、子どもの頃、雪のひとひらの結晶はみな素晴らしいが、一つとして同じ模様はないというお話を、雪の博士と言われた中谷宇吉郎博士の講演で知り、ひどく感動した記憶があります。だから、この世界には人間を含め、多種多様な生物や事物が存在するが、どれ一つとして同じものはないと言えます。この自分に与えられたユニークさに気づき、それを伸ばすことが、生きる上で一番大切なことではないでしょうか。 

 他者の素晴らしさに感激するのは、尊いことですが、自分自身の素晴らしさに気づかず、鬱積した気持ちで生きているならば、皆にとってよっぽど不幸なことではないでしょうか。

 私事で申し訳ないが、私は秋田県出身で、人の前で話すことが一番苦手でした。高校卒業後、長野県で出版の仕事に携わりましたが、ズーズー弁だったので、一時ノイローゼになったことがあります。それを抵抗療法というやり方で克服しました。おしゃべりで理屈っぽい信州人の弁舌に負けてたまるものかと思って、ズーズー弁を気にしないでしゃべりました。そうしたら、信州人以上に理屈っぽく話せるようになり、今日のように説教師として活動できるようになりました。

 これも神からの授かりものと感謝しています。