
日本人女性の宇宙飛行士が、初めてスペースシャトルに搭乗したのは1990年代のことである。宇宙から帰ったその方、向井千秋さんに、小学生がインタビューする短い番組があった。楽しいインタビューだったが、最後に、アナウンサーが向井千秋さんの印象を小学生に聞いた。「会うまでは、『鉄の女』じゃないかと恐かったね。でも実際に会ってみて、どうだった?」すると小学生の男の子は嬉しそうに「うん、普通の人!」と答えたのである。向井さんの顔はさっと曇った。男の子は親しさを込めた一種のほめ言葉として言ったのだが、大人には「取り柄のないつまらない人」と聞こえたのだろう。しかし、向井さんがすぐ気を取り直し、「普通の人が宇宙に行くってことが大事なんですよね」と、巧みにまとめたので、インタビューはよいものになり、無事終了したようだった。
「普通」と言われてしまったけれど、向井さんご自身がスペースシャトルから初めて地球を見た時の感想は素晴らしかった。「地球は美しく、聡明で、誇り高く気品があるが、限りなく謙虚で慎み深く見える」。私の記憶は正確ではないが、大体こんな言葉が、テレビで中継されたと思う。それは天体の上に、理想の女性像を見た人の言葉だった。地球は本当に美しかったのだろう。
慎ましい人とは、自分をよく知り、世間を知ったことで美しくなった人のことだと思われる。向井さんは若い頃から大変優秀な方だったから、普通の人などと言われたのは初めてだったろうが、謙虚に慎み深く受け止めておられた。向井さんが宇宙空間から見たのは、実はシャトルの窓に映った自分自身だったようにも思われる。

慎ましく生きた方と言えば、まぎれもなく聖母マリア様がイメージされます。マリア様についての聖書の中の記述で圧倒的に多いのは「心にとどめ思い巡らしていた」という描写です。(参 ルカ2・19、51)口数は少なく穏やかで思慮深い芯の強い女性であったのだと思います。
念のため国語辞典で調べてみましょう。「慎ましい」は 遠慮深く控えめだ、礼儀正しくしとやかだ、と書かれています。しとやかという描写は女性にしか使われませんし、今や死語に近く殆ど耳にしません。遠慮深い、控えめ、礼儀正しい、この三つの描写は男女問わず使いますが、現代人には稀少価値となった美徳と言えるでしょう。
反対に、厚かましい、しつこい、無礼な人が目につきます。個性尊重の風潮で自己中心的な人が増えたように思います。自主性を重んずるばかりに勘違いの厚かましいしつこい振る舞いが目につきます。
便利さに甘え、何でもスマホに頼る無神経で無礼な人が年齢を問わず増えていると感じます。
IT企業の台頭で若い世代の成功者にとてつもない富裕層が出現する反面、働き盛りの世代でも、ニートや引きこもりで貧困に向かう人も多い世の中です。そこに追い打ちをかけるように自然災害が多発しています。中高年世代はこの現状に不安とあきらめにも似た心情で、必死に世の中の変化に取り残されないよう無理に努力しているように見えます。
それぞれが生かされている場所で、自然環境を大切にし、自らの使命を受け入れ感謝し、他者と認めあって慎ましく生きるなら、心の平安が得られ感情が豊かになります。
そんな生き方が宝物のように尊く思えるのです。